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「田中・・・亮輔君、よね?」
クナが少年に問いかける。
「さあ、そうなんじゃねェの」
少年は不適な笑みをたたえてそう答えた。
どうも雰囲気がおかしい。
なにより気になるのは、彼の膝に置かれた刀だ。
「その刀、一体・・・?」
「これ?これは俺のだ。
いや、俺だ、といった方がいいかね」
その一言で、クナは大体の事情を察した。
「それをどこで?」
「ここの宝物殿にあったらしいぜ」
「なるほどねえ。
で、アンタ名前は?」
「忘れちまったねェ、そんなもんは」
「あらそう。
今現在田中君の意識はあるのかしら?」
「ああ、どうかねェ、在るような、無いような。
訊きたいことでもあるんなら、訊いてみたどうだい?
答えてやれるかもしれんよ」
「じゃ、お言葉に甘えて。
なんで無関係なクラスメートまで襲ったの?
まさか全員からいじめられてワケじゃないでしょう?」
「・・・・ああ、それな。
主にコイツをいじめてたのは、俺が斬った3人だ。
でも、他の連中はコイツが普段からいじめられていたのを知っていたはずだ。
にもかかわらず、見て見ぬふりしやがった。
だから同罪だとよ」
「勝手な事を・・・!
逆の立場ならどうなのよ?」
「あァ?」
「クラスの誰かがいじめられてたとして、
それを知ったアンタは助ける事が出来るの?止める事ができる?」
そういわれて、少年は不快な表情を表した。
その表情が、どちらの心情を表したものか定かではないが・・・。
「自分に出来もしない事を他人に求めてんじゃないわよ、情けない」
「ケッ・・・、俺が知るかよ。
なあ、もういいだろう?」
少年は刀を手に持ち、ゆっくりと立ち上がる。
「アンタ、俺を殺りにきたんだろう?
だったらおしゃべりはこの辺にしとこうや」
そういいながら、少年は手に持った刀を鞘から抜いた。
「もう式神は使わないのかしら?」
「そいつァこのガキの分野だろう?
俺ァああいう回りくどいのは嫌いでね」
少年の持つ刀が、月光を反射して鈍く光る。
随分古いもののようだが、手入れはそこそこ行き届いているらしい。
多少の刃こぼれは見えるが、斬れ味に致命的な影響を与えるほどのものではあるまい。
この刀、おそらく神社に由来のあるものではなく、いつの時代だかの宮司か、あるいは
神社の関係者が、趣味か何かで手に入れたものだろう。
少年がゆっくりとクナの方へ歩いてくる。
「最後に1つ確認しておきたいんだけど、アンタ、その刀に憑いていた霊でしょう?」
「ああ。
このガキが紙切れに閉じ込めようしやがったんでね。
腹立つからコイツの体ァ乗っ取ってやたのよ。
文句でもあるかい?ガキが哀れってか?」
「いいえ、自業自得でしょうよ」
「へっ、そうかい。
じゃあ、始めようか!」
語尾と地面を蹴る音が重なる。
少年は鞘を投げ捨て、素早く踏み込み、中段を薙ぎ払った。
クナはそれを軽くかわしたが、斬撃とまらず、少年は2回3回と続けて斬りかかってくる。
が、それらの攻撃はかすりもしない。
クナは敵の攻撃をかわしながら、右腕に仕込んだクナイを抜き、斬撃を弾き返した。
この一合を期に、2人は一旦下がって間合いを計る。
「ヘェ、やるねえェ。
格好といい武器といい、くの一ってヤツかい?初めて見たよ」
「看護婦や保母なんて言葉が禁止されてる今のご時世じゃ、くの一ってのも差別発言
になるんだろうねえ」
無駄口を叩きながらも、お互い隙は見せない。
クナは左手にクナイを構えたまま、じっと動かず、相手の様子を伺っている。
少年の方は、踵を上げ、正眼に構えた剣先をゆらゆらと揺らし、相手を牽制しながら
少しずつ間合いを詰めて来る。
その構えから、彼が北辰一刀流の使い手であり、真剣で斬り合った経験が少ないことがわかった。
正眼・下段に構え、剣先を上下に揺らす『鶺鴒(せきれい)の尾』という技法は、
北辰一刀流の特徴であり、踵を上げて爪先立ちで構えるのは道場剣術の特徴だ。
真剣で斬り合う場合、踵を着け、足の裏全体でしっかりと大地を踏みしめないと、
相手の肉は切れても骨を断つことは出来ない。
おそらく彼は、江戸時代に生きた、実戦を知らない侍なのだろう。
せめて二天一流か天然理心流なら、もう少し歯ごたえがあったのだろうけど・・・。
などと心の中でそう呟いたクナではあったが、状況はそれほど余裕のあるものではない。
「らァ!!」
少年が再び踏み込み、容赦ない斬撃が続く。
クナはそれらを、あるいはかわし、あるいは受け止め、隙を突いて牽制はするものの、
本格的な攻撃には移らない。
十合ほど斬り合った後、両者は再び間合いをとる。
「そんな短い武器じゃあ、受けるのがやっとだろう」
間断のない連続攻撃のため、少年は息を切らせながら喋った。
どうやら彼我の実力差すら理解できない未熟者らしい。
クナがその気であれば、最初に一合交えた後、間合いをとらず、さらに踏み込んで懐に入り、
胸か喉を突くなりして仕留めることができたのだ。
だがそうすると、少年もただではすまない。
それにしても、江戸侍のなんと弱いことか。
まあ、仮に相手が戦国時代や幕末の者だとしても、所詮は侍。
群れなければ何も出来ないような輩に、遅れをとるクナではない。
「しかしまあ、左利き相手ってのはやりにくいもんだねェ」
世界中のあらゆる格闘技にはサウスポーというものが存在するが、剣術に限ってはそれがない。
技を修得するということは、左右どちらに構えても使えるようになることだ、
と祖母から教わっていたクナにとって、左構えが存在しないということが理解できない。
「思想にせよ体術にせよ、右だの左だの言ってるうちはまだまだ未熟だって、ウチのばあちゃんが言ってたわよ」
そろそろこのバカ侍相手にのらりくらりと戦うのも飽きてきた。
早々に決着をつけたいのだが、さて、どうしたものか。
彼を倒すということは、田中少年を出来るだけ傷つけずに、憑依している霊のみを倒さなくてはならない。
ということは、なんとか彼らを引き剥がさなければならないということだ。
・・・九字でも切ってみるか。
九字を切る。
力のある九つの文字を唱え、一文字唱えるごとに直線を引く。
縦に四本、横に五本の直線からなる方眼を空間に描くことで、自分の前に攻性障壁をつくり、霊を退けるのだ。
能力の高い術者であれば、九字を切るだけで大抵の霊を退散できるのだが、
どちらかというと体術偏重嗜好のあるクナは、このテの退魔法があまり得意ではない。
とにかくはやってみることだ。
クナはそう心に呟き、クナイを右手に持ち替える。
本来は刀印を結んで線を描くのだが、クナの場合は真言を刻んだクナイで九字を切った方が効果が高い。
「臨・兵・闘・者・・・」
「何のおまじないだそりゃあ!?」
クナが九字を切る前に少年が踏み込み、無防備なクナの頭上に大上段から刀が打ち下ろされる。
だがその刀は、振り上げたクナの左腕で受け止められた。
「そんなとこに仕込んで・・・」
さらにクナは、右手を振り上げると、クナイを刀に向かって打ち下ろした。
刀というのは、峰からの衝撃に対して驚くほど弱い。
クナイに峰を打たれた刀が、乾いた金属音を立て、あっけなく折れる。
クナは一旦後方に飛び、態勢を立て直して再び九字を切ろうとした。
が、少年の様子がおかしい。
折れた刀に視線をおとしたまま、力なく膝を落とす。
「俺の・・・刀が・・・・」
そう呟いた後、少年は地面に倒れこんだ。
それと同時に、禍々しい気配が霧散する。
「あら、終わったのかしら」
クナは倒れている少年に歩み寄り、うつ伏せになっている少年をひっくり返した。
「おーい、少年、起きろー」
頬を軽く叩きながら呼び掛ける。
「・・・ん、うん?」
少年は目を覚まし、クナの顔をみるや、あわてて飛び起きた。
「少年、君の名前は?」
「・・・・田中・・・亮輔です」
「よろしい」
どうやら憑依していた霊はどこかに行ってしまったようだ。
無事成仏出来ているといいのだが。
「歩けるわね?ついてきて」
クナを先頭に、2人は参道を降りる。
「あの、すいませんでした・・・」
「は?」
「お姉さんの言うとおりだと思います。
クラスのみんなに対しては、単なる逆恨みで・・・」
「ああ、聞こえてたんだね。
まあ、犯した罪に関しては、いずれゆっくり考えることになるでしょうね」
「はあ、でも、僕・・・未成年だし・・・・」
「ガキでも大人でも、犯した罪の重さは変わらないわよ」
「え・・でも・・・」
「そりゃ君は未成年だがら、大人に比べて科せられる罰は軽いでしょうよ。
でも罪の重さは変わらないのよ。
被害者は君を許しはしないだろうし、君だって犯した罪を一生忘れることは出来ないのよ」
「・・・・・」
「最近は未成年の内に罪を犯さなきゃ損、みたいな風潮があるみたいだけど、
あたしに言わせりゃ愚の骨頂だね。
十代の遊び盛りを塀の中で過ごすのが、そんなに得なことなのかしら?
娑婆に出たところで世間の目は冷たいワケだし、選択肢は激減するでしょうね」
クナの容赦ない言葉に少年の表情が暗く沈む。
「ま、君の人生がどうなろうとあたしの知ったことじゃないけどさ、この先好転させたきゃ努力しな。
自分を救えるの自分しかいないんだからね」
「・・・はい」
神社の敷地を出て、二人はクナの単車に辿り着いた。
単車に括りつけたバッグから、クナは携帯電話を取り出し、本部に連絡する。
「・・・クナです。任務完了しました」

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