式神(しきがみ)

識神とも書く。

人形や鬼形など紙製の依代(よりしろ)に、鬼神や十二支の神などを憑依させ、

術者の意のままに操る陰陽師の高等技術。

神を使役するわけだら、相当高い能力が必要とされ、普通の人間にはまず真似できない。

そこで、より簡単に式神使役を実現するために考案されたのが、神ではなく死霊を使うもので、

時には死気神、死鬼神などと表記されることもある。


まず術者は死霊を見つけなければならないわけだが、手っ取り早い方法は、

目の前で憑依させたい対象を殺してしまう事だろう。


いきなり体を奪われて戸惑っている霊を、無理やり依代に憑依させれば、簡易式神の出来上がりというわけだ。

ただし、簡単な分、危険が伴う。

死霊を依代に憑依させたあと、術者に式神を扱う能力が足りなかった場合、

逆に術者の体が死霊に乗っ取られてしまうのだ。


そこで、最初のうちは、出来るだけ扱いやすい霊を使う。

虫や爬虫類など、霊位の低いものが扱いやすい。

霊位に関してだが、簡単にいうと、馬鹿な者ほど扱いやすく、賢い者ほど扱いにくい、ということだ。

基本的には霊位は知能レベルに比例する、といっていい。

ただし、例外はある。

例えば、土地を護る大ミミズや神社などに棲む白蛇などは、知能レベルに反して霊位が高く、

通常の式神使役とほぼ同等の能力を要する。

逆に、霊位の高くても扱いやすいものがある。

その代表が、犬だ。

長い年月をかけて人に従い続けてきた犬という種は、人に対して従順であることが本能に刻み込まれている。

そのため、死霊になった後もその従順さが抜けきらないのだ。

番犬や猟犬であればなお扱いやすい。

今回、被害者の生徒達は、犬に襲われたといっている。

犬の死霊を使った式神使役にほぼ間違いないだろう。



「で、結局犬の式に間違いないんですか?」

『ええ、間違いないでしょうね。

 そこら辺の飼い犬で3匹ほど行方不明になってるわ』

目的地近辺に到着したクナは、単車を適当なところに停めて、歩きながら本部のヒソカと話していた。

イヤホンタイプのヘッドセットを使っているのため、

周りからみれば独り言を言っているようで少々間抜けだが、幸い周辺に人影は無い。

あたりはすっかり暗くなっていた。

「犬種は?」

『ドーベルマンに紀州犬、あと警察犬あがりのシェパード。

 どれも血統書付きの優秀な番犬よ』

「うっわ、最悪。

 しかしまあ、どうやって式神使役なんか覚えたんでしょうねぇ。

 そんな簡単なもんじゃないでしょ?」

『手順さえ知ってれば素人でも出来るんじゃない?

 その手順が秘中の秘、なんでしょうけど、今や機密情報ですらネットに流れる時代だからねえ』

「そりゃ便利な世の中だことで。

 着きました」

クナは、住宅街にあるマンションの前で立ち止まった。



田中亮輔

松ヶ丘中学校2年C組の生徒で、もともと不登校気味だったが、

1ヶ月ほど前から一度も登校していない。

父親は普通のサラリーマン、母親はパートタイマー、兄弟はいない。

1週間前に両親から捜索願が出されている。

ただし、1ヶ月ほど前から部屋に引き籠もりっぱなしで、正確にいつからいなくなっているのかわからないらしい。

食事は両親が仕事に言っている間、勝手に済ませていたようだが、

しばらく食料が減っていない事に母親が気付き、部屋をのぞいたらいなかったそうだ。

それから丸1日経っても帰ってこなかったので、捜索願を出すに至った。



事件の概要を見た後、ヒソカはまず不登校の生徒、つまり田中亮輔を洗った。

ネット上に残された彼の足跡を調べたところ、少なくとも10日前まではネットに接続していたことがわかった。

2〜3ヶ月ほど前から自殺仲間募集サイトを閲覧しており、そのうちの1つに書き込みをしていた。

どうやら学校でいじめにあっていたらしく、それを苦に自殺を考えていたようだ。

だが、中学生と名乗ると参加者から考え直すように説得され、さらに何人かから、復讐を勧められる。

そこから、そのサイトは妙な盛り上がりをみせる。

どういう手段で報復すればいいか、多数の案が出された。

最初の内は計画殺人や効果的ないやがらせなどがメインだったが、

しばらくする内に呪いや祟りなど、話がどんどんオカルティックな方向に進んでいった。

参加者のほとんどはふざけていたようだが、彼はそれを本気にし、やがて1人の男とメールのやり取りが始まった。


大田智章・37歳・元陰陽師

現代にも陰陽師という職業は存在する。

主な業務はお祓いだ。

ただ、国家試験や大きな職業組合がないので、その大半はペテン師なわけだが、

大田は正真正銘の陰陽師だった。

ただ、不幸なことに彼の陰陽師としての能力は非常に低かった。

お祓いをしてもほとんど効果がなく、効果がなければペテンだ、ということになる。

そして、依頼人達が集まって被害者の会なるものが結成され、彼らから多額の賠償金を請求された。

それが原因で自殺を考えていたところ、自殺サイトで田中少年に出会ったわけだ。

そして田中少年に式神使役を伝授した後、大田はさっさと死んでしまった。

3日前、長野の山中に停めてあった車の中で、その他3体の死体と一緒に発見された。

流行の練炭自殺というやつだ。

自殺の方法や場所などを打ち合わせたメールなどを身内や知人に知られないためだろう。

自宅にあったパソコンのデータは綺麗に消去されていた。

そこで田中少年のパソコンから情報を得るために、クナが彼の自宅を訪れたのだった。

もし彼のパソコンの中身も消されていれば、あとはメールサーバーに残された情報をコツコツ拾い集めるしかない。


「最近のマンションて、どこもオートロックなんですねぇ」

『3540』

「はいはい」

クナはロックを解除してマンション入り口のドアを開け、中に入った。

そのままエレベーターに乗り、10階で降りる。

「えっと、10・・・0・・3、と」

1003号室の前で足を止めたクナは、ヒップバッグから薄手の黒い手袋を取り出してそれをはめると、

今度はピッキングツールを取り出し、辺りに人がいないのを確認した後、

さっさと鍵を開けて部屋の中に入ってしまった。

ちなみに、現在田中家の両親は、

行方不明の息子さんを捜し出すために些細なことでもいいから少しでも多くの情報を提供していただきたい、

という警察の要請を受け、千葉県警本部に出向いてるのだが、もちろん偶然ではない。

わざわざ県警本部にまで足を運ばせたのは、まず第一に時間稼ぎのためではあるが、

県警本部が動いてお宅の息子さんを懸命に捜索しています、というポーズを取るためでもある。


「おじゃましまーす」

クナは玄関で靴を脱ぎ、家に上がる。

目の前には短い廊下があり、その前方に10帖ほどのリビングダイニングが広がっている。

廊下の左手には洗面所や風呂場などの水周りがあり、右手には扉が1つ。

そこから伸びる壁際にもう1つ扉があり、その二つ以外に部屋は存在しないようだ。

「どっちかが亮輔君の部屋ってことね」

クナはとりあえず手前の扉をそっと開けた。

部屋の中にはシングルサイズのベッドとパソコンデスクがあり、

壁際に設置された幾つかの本棚には漫画がぎっしりと詰まっている。

パソコンデスク足元の収納スペースに教科書らしいものが並んでいることから、

ここが田中少年の部屋だということがわかる。

デスクにおいてあるパソコンは、本体とモニター一体化しているタイプで、

そこから、その横に置かれたゲーム機に配線が伸びている。


「お、ビンゴ」

部屋に入ったあと、クナは静かに扉を閉じる。

扉の内側には小さな閂が付けられており、誰かが部屋の中にいるときだけ鍵か掛けられるようにしてあった。

『とりあえず電源入れて』

クナはパソコンの電源スイッチを押す、が反応が無い。

あたりを見回すと、デスクの足元に6個口の電源タップを見つけた。

コンセント1つ1つの電源をオン/オフ出来るタイプのもので、律儀にもすべての電源が切られていた。


「省エネさんなのね」

とりあえず電源タップのスイッチをすべてオンにして、再びパソコンの電源を入れると、モニターに光が灯った。

「パスワード制限がかかってますね」

『LANケーブルは繋がってる?』

「・・・ええ、繋がってます」

『じゃあちょっと待ってなさい』

モニターには青い画面が表示されていたのだが、しばらくすると真っ黒になった。

その黒い画面に白い文字が表示されたかと思うと、それが異様な速度で流れていく。

クナがボーっとモニター上を流れる意味不明(クナにとっては)な文字列を眺めている

と、30秒ほどで文字の流れが止まり、それから数秒後には再び画面が青くなる。

ようこそ、という文字がでた後、デスクトップ画面が表示される。

『お待たせ』

モニター上のマウスポインタが勝手に動き出したが、大して驚くことではない。

ヒソカがネット経由で遠隔操作しているだけのことだ。

メーラを起動させ、残されたメールのデータを見ていく。

『あったわ、これね』

そのメールには式神使役の手順がびっしりと書かれていた。

文章を読んでいく内に、気なる一文を見つけた。


>神社とか祠とか、霊力の高い所でやった方がいいよ。

それに対する返信メールを探す。

>近くにいい感じの神社があります。

>暗くなって前通ったらちょっと不気味な感じの。

>普段は神主とかいないみたいです。


マウスポインタが動き、ウェブブラウザを起動させる。

次々と表示されるページが変わっていき、程なくモニター上に地図が表示された。

『あなたの現在位置がここ』

ヒソカがそういうと同時にマウスポインタが地図の一角に円を描く。

『その神社っていうのは、たぶんここじゃないかしら』

マウスポインタは、先ほど示した場所から少し離れた位置に再び円を描いた。

「ここから自転車で、10分・・・15分ぐらいですかね」

『地図は端末に送っておくわ。

 とりあえず行ってちょうだい』

「はいよ」


クナは単車まで戻ると、車体を覆っていたカバーを取り外し、単車に括りつけてあったバックパックを取り外した。

多少無用心なようだが、バックパックを括りつけてあったワイヤーは車体にきっちりロックされていたし、

ワイヤーを切ってバックパックを盗むというのは不可能だ。

このワイヤーは、カーボン・ナノチューブという現代最高の強度を誇る素材で作られており、

バックパック自体にも同じ素材の繊維が編みこまれているので、

バックパックを刃物で切り開いて中身を盗み出す、というのも不可能だった。

バックパックをもって物陰に潜むと、彼女は辺りに人がいないのを確認し、戦闘服である黒装束に着替えた。


装束の各部位に4本のクナイを手際よく仕込むと、再び単車の所にもどり、

バックパックを車体に括りつけ、単車にまたがってモーターを始動させる。

マンションから単車の所まで戻ってくる間、地図は頭の中に叩き込んでおいたので、

いまさら端末を手にする必要は無かった。