愛知県警の山岡警部補は、先週から起こっている中学生連続傷害事件が、

部下たちの言うようにどうもまともな事件ではないのではないか、と思い始めていた。

まあ、今日明日中にははっきりしたことがわかるはずだ。

なんとなく考え事をしたあと、仕事に取り掛かろうとしたところで、部下の高山巡査部長が1人の若い男を連れて来た。

「山岡さん、こちら、警視庁の村上さん」

そう紹介された男は、見たところ20代半ばの、善良そうな若者だった。

その穏やかなたたずまいからは、とても彼が警視庁の刑事だなどと想像できない。

「どうも、はじめまして。警視庁捜査一課・特殊犯捜査5係の村上です」

その口調も穏やかだったが、山岡は彼の言葉に引っかかるものを感じた。

「5係・・・・?」

たしか特捜は4係までしかなかったような・・・。

「あ、このたび新設されまして」

と、山岡の胸中を察したのか、村上が補足する。

ということはもしかして・・・

「中学生連続傷害事件のことで?」

「ええ、そのことでこちらに伺うようにいわれまして」

やはりそうか。

「山岡さん、こら確定っすよ」

高山が口を開く。

「何がだ?」

「とぼけないで下さいよ。マルヨウっすよ、マルヨウ」

「科捜研の報告がまだだ。決め付けちゃいかん」

「この人に訊いたら早いじゃないっすか。ねえ、村上さん、マルヨウなんでしょ?」

そういわれ、村上はきょとんとしている。

「あの・・・マルヨウって、なんすか?」

山岡と高山の表情が固まる。

お互い顔を見合わせた後、高山が口を開く。

「いや、あの、特捜5係って、マルヨウ対策用に新設されたんじゃあないんすか?」

「いやあ、じつは僕今日配属されたばっかで、何にも知らんのですわ。

出勤するなり課長にここへ来るようにいわれて、まだデスクにも着いとらんのですよ」

そう言って、村上は照れ笑いを浮かべる。

「山岡さん!」

高山が何か言おうとしたとき、彼と同期の松井がプリントを数枚持って来た。

「確定ですわ」

そう言って、松井は持っていたプリントを指で弾く。

山岡は松井からプリントを受け取り、目を通した。

「松井、高山、みんなを集めてくれ」

2人はうなずくと、さっとその場を離れる。

村上は、マルヨウがなんなのか気になっていたが、何も言わず、なんとなく居心地の悪い思いをしながらそのまま待っていた。



数分後、中学生連続障害事件に関わっていたと思われる捜査員十数名が山岡のデスク周りに集まった。

「たったいま科捜研から報告がきた」

そういって、山岡は一同の顔を見回す。

「君らの思っていたとおり、今回の事件はマルヨウだったようだ」

その言葉を聞いて、周りの人間がほっとしたように感じたのは、村上の気のせいだろうか。

「そういうわけで、以後、捜査は警視庁に委任する。以上、解散」

所轄の刑事は、事件を警視庁に持っていかれるのを快く思わないはずなのだが、

あれは刑事ドラマだけの話で、実際は違うのだろうか。

それともマルヨウというのが、そこらへんと何か関係があるのだろうか。

新米の村上にはイマイチ状況が飲み込めない。

「高山」

デスクを離れようとする高山を呼び止める。

「村上君は何も知らんようだから、手順とかの簡単な説明と、

あと、資料室にいって、ゲンさんにあれ見せてもらってくれ。ああ、それから、今回の事件の資料なんだが・・・」

「もう、まとめてあります。科捜研の報告書くっつけたら完成っす」

「チッ・・・仕事が速いな。じゃあそれも彼に渡しといてくれ」



「マルヨウっつうのはですねえ、○に妖怪の妖でマルヨウなんすよ」

「妖怪?」

村上と高山は、廊下を歩きながら話をしていた。

「そ。妖怪、幽霊、呪い、その他、超常現象や怪奇現象に属する事件、

とか何とか、そんな定義だったと思います、マルヨウは」

「それ、マジで言ってんすか?」

「はは、村上さん何にも知らないんすねえ。刑事なら、少なくとも幽霊ぐらいは知ってますよ」

「はあ、あんまりそういうのは信じないタチなんで・・・」

「信じるとか信じないとかの話じゃないんすよ。俺だって幽霊が何なのかはよくわかりません。

でもそれがいるのは知ってます」

「・・・・・」

「心霊写真てあるじゃないすか。あれが多く保管されてる場所って知ってます?」

さっきから、この高山という刑事はワケのわからないことばかり口にしている。

妖怪なんてものは昔の人が動物か何かを見間違えたものだろうし、幽霊は幻覚の類だろう。

心霊写真?あんなものはトリックに決まっている。

だが、ここでそう反論してもたぶん聞き流されるだけだろうし、彼の価値観を否定する気もない。

変に言い争いになるのも面倒なので、村上は何も言わなかった。

「ここです」

そういって、高山は1つのドアの前で立ち止まった。

資料室・・・。

「ま、百聞は一見にしかず、っすよ」

そう言って高山はドアを開けた。



「ゲンさ〜ん。いますかあ?」

「はいはい」

そう言いながら部屋の奥から出てきたのは中年の男性だった。

「やあ、高山君、山岡さんから連絡受けてるよ、これだろう?」

そういってゲンさんはファイルを何冊か高山に手渡した。

「さすが、仕事が速いっすね。はい、どうぞ」

高山はファイルのうち1つを村上に渡す。

「どうも」

村上は、受け取ったファイルを開いた。

そこにはアルバムのように写真が収められていた。

そして、村上は、信じられないものを目にする。



それは、殺人事件か何かの現場写真だろうか。

地面に1人の男性が、血まみれで倒れている。

その傍らに、立ってそれを見下ろす男性が1人。

だが、どうみてもそれは同一人物だった。

いや、それ以前に、現場写真を撮る時点で、一般人が写真に写るようなことはまずない。

そして、立っている男の向こう側の背景が、うっすらと透けて見える。

心霊写真・・・?

他の写真もみんな似たようなものだった。

一通り見終わった後、2人は資料室を出た。



資料室を後にしたあと、高山は村上を出入り口まで送っていくということで、手順などは歩きながら話すことになった。

「どうっすか?」

「いや・・・あれ・・・トリックとかじゃ・・・」

「はは、警察が合成写真なんか保管しないっしょ」

「・・・・そうですよね。でもなんか嘘っぽいというか、なんというか、

雑誌とかテレビとかで見るヤツの方が本物っぽいというか・・・・」

「それはね、仕方ないんす。偽者は本物っぽく見せる必要があるから、

技術が発達すればそれだけ巧妙な出来になるんすけど、本物はその必要がない。どんなに嘘っぽくても本物なんすから」

「はあ、そういわれればそうなんですが・・・」

「まあ、信じる信じないは別にして、仕事はやってもらわなきゃ困ります」

仕事といわれても、見たこともない幽霊やら妖怪やらを相手に自分は一体何をすればいいのか・・・。

「といっても大した仕事はないんすよ、実は。基本的にマルヨウに関して、警察は捜査しません。全部業者任せなんすわ」

「はあ」

「警察は事件がマルヨウだと確定したら、それまでの捜査状況をまとめて業者に渡します。

今回の事件に関しては、少し前からマルヨウじゃないかって予想してたんで、資料は全部まとめてあります」

そう言って、高山は村上にA4サイズの封筒を手渡した。

「ですからこれを業者に渡したら、村上さんの仕事はほとんど終わりっす。

あとは業者が事件を片付けた後、向こうの報告書を受け取って、上に渡したらそれで終了。ま、メッセンジャーみたいなもんすね」

「はあ、わかりました」

「一応、村上さんも目を通しといて下さい。ただし、業者以外には絶対見せちゃだめっすよ」

2人は出入り口にたどり着いた。

「ま、詳しいことは業者に訊いて下さい。じゃ」

村上は愛知県警本部を後にした。



結局、愛知には1時間も滞在することなく、村上は東京に戻ることになった。

3時間ほどで教えられた住所にたどり着く。

「長槻興信所・・・・探偵か?」

そこは、これといって特別な感じのしない、ビルの一室にあるオフィスのようだった。

村上はとりあえず中に入ることにした。