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◆雑賀五郎兵衛
(さいかごろべえ)生没年不詳
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丹波の忍者。
美男で気品があったため、安土の富豪から娘の婿にと言われたほどで
信長側近と親しくなり、機密情報も多く得られた。
しかし信長暗殺の命は果たせなかった。 |
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◆雑賀孫市
(さいかまごいち)生没年不詳 |
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雑賀流。雑賀忍者鉄砲集団の長。
鈴木左太夫の子で鈴木孫一重朝が本名。
終生、織田信長に盾突いた石山本願寺の信者であった孫一は
顕如上人の要請で一揆側から参戦し
神出鬼没の忍法を駆使し織田軍を悩ませた。 |
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◆佐々木導誉
(ささきどうよ)1306〜1373 |
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甲賀流とされる。南北朝時代の武将。 |
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◆笹山理兵衛
(ささやまりへい)?〜1600 |
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甲賀流。徳川家に仕えた。 |
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◆佐田彦四郎
(さだひこしろう)生没年不詳 |
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流派不明。毛利元就の重臣、杉原盛重に仕えた忍び。
弟が甚五郎、末弟が小鼠といった。兄弟三人、いずれも忍びの名手で
狐、狸の変化にも勝ると噂された。 |
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◆座頭角都
(ざとうのかくず)生没年不詳 |
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流派不明。
出雲の守護尼子晴久の側衆。 |
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◆猿飛佐助
(さるとびさすけ)生没年不詳 |
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甲賀流忍者。架空の人物ともいわれるが
下柘植ノ木猿の本名が上月佐助といい、
この人物と同一ではないかという説がある。 |
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◆塩田甚太夫
(しおたじんだゆう)生没年不詳 |
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鞍馬揚心流の元祖。
「剣」「柔」「居合」「捕縄」「忍」の術があり、五代まで続いたという。 |
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◆下柘植ノ木猿・小猿
(しもつげのきざる・こざる)生没年不詳
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伊賀忍者の下忍。伊勢の阿山郡下柘植郷にすんでいた。
身が軽く、樹木に隠れるのが得意だったという。
木猿は猿飛佐助のモデルという説もある。 |
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◆白倉武兵衛
(しらくらぶへえ)生没年不詳 |
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流派不明。
武田勝頼に仕えたが、武田家滅亡後は真田家に仕えた。 |
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◆新堂小太郎
(しんどうのこたろう)生没年不詳 |
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伊賀忍者の下忍。百地丹波に属したといわれる。 |
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◆杉谷善住坊
(すぎたにぜんじゅぼう)?〜1573 |
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甲賀五十三家の一つ、杉谷与藤次の長男。
甲賀一の鉄砲の名手といわれた。 |
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◆杉之坊明算
(すぎのぼうみんさん)生没年不詳 |
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根来流忍術の祖。
代々伝承された古忍法を元に根来流忍法を創意した。 |
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◆世鬼一族
(せきいちぞく)
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流派不明。
毛利家の「忍びの士」として代々仕えた一族。 |
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◆仙石権兵衛
(せんごくごんべえ)生没年不詳 |
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伊賀、甲賀は不明。豊臣秀吉が使った忍者。 |
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◆曽呂利新左衛門
(そろりしんざえもん) |
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流派不明。堺の鞘師で彼が作った刀の鞘には刀が「ソロリ」と入ることで
『ソロリ』の新左衛門として有名になったといわれる。 |
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参考・引用文献
新人物往来社 【歴史読本スペシャル71 忍の達人 影の奥義書】
新人物往来社 【別冊歴史読本72 忍びの者 132人データファイル】
学習研究社 【歴史群像シリーズ71 忍者と忍術 闇に潜んだ異能者の虚と実】
講談社 【バジリスク甲賀忍法帖 忍術と忍者の謎】 |