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◆青山虎之助
(あおやまとらのすけ)生没年不詳 |
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甲賀流忍者で徳川家に仕えた。
家康は青山虎之助他の働きを見て、忍者を重用していった。 |
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◆朝比奈兵右衛門正成
(あさひなひょうえもんまさしげ)生没年不詳 |
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伊賀、甲賀不明の忍者。
京都板倉伊賀守勝重は朝比奈を大阪に間者として送り込んでいたという。 |
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◆芥川九郎右衛門義矩
(あくたがわくろううえもんよしのり)生没年不詳
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芥川流は甲賀流より出た一派で義矩は五代目。 |
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◆渥美源吾
(あつみげんご)生没年不詳 |
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徳川家に仕えた忍び。伊賀、甲賀は不明の忍者。 |
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◆安倍晴明
(あべのせいめい)921〜1005 |
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平安時代の陰陽師。
陰陽道の始祖。 |
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◆伊賀崎道順
(いがさきどうじゅん)生没年不詳 |
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伊賀流。伊賀忍術四十九流の頭領。
伊賀国楯岡の生まれから、楯岡道順とも呼ばれた。 |
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◆石川五右衛門
(いしかわごえもん)生没年不詳 |
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伊賀流の忍者。
京都に出て盗賊になり、前田玄以に逮捕、
三条河原で処刑された。後世の脚色が多い忍者。 |
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◆石川頼明
(いしかわよりあき)?〜1600 |
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丹波忍者。信長暗殺を企てていたが、後に秀吉に仕える。 |
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◆伊勢三郎義盛
(いせのさぶろうよしもり)?〜1186 |
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伊賀流忍者。後に武蔵坊弁慶に並ぶ「義経四天王」のひとり。
義盛のいくさ歌は忍歌『伊勢三郎義盛百首』として伝えられている。 |
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◆出浦対馬守盛清
(いでうらつしまのかみもりきよ)1546〜1623 |
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甲州流忍者。甲斐の武田家治下で甲州透破の支配者。
敵城に配下を侵入させる際、配下より先に自分が忍びこんで探索した。 |
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◆稲田九郎兵衛
(いなだくろうびょうえ)生没年不詳 |
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美濃、尾張あたりの透破大将。
金次第で傭兵になったり盗賊になったりした。 |
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◆井上某
(いのうえなにがし)生没年不詳 |
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毛利の忍者。 |
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◆魚住源吾
(うおずみげんご)生没年不詳 |
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毛利方に属する甲賀流忍者。
秀吉に「城を落とすよりもまず魚住を切れ」と言わしめた忍者。 |
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◆鵜飼孫六
(うかいまごろく)生没年不詳 |
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甲賀流。甲賀五十三家、鵜飼源八郎の一族といわれる。 |
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◆御色多由也
(おいろたゆや)生没年不詳 |
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伊賀流、同流忍術の祖といわれる。 |
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◆大伴細人
(おおとものさいじん)生没年不詳 |
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聖徳太子に使われた間者。
後世でいう忍者の第一号とも。 |
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◆小野銀八郎
(おのぎんぱちろう)生没年不詳 |
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美濃の透破。火遁に優れたことから『野火の銀八』と呼ばれた。 |
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◆小幡勘兵衛景憲
(おばたかんべえかげのり)1572〜1663 |
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甲州流兵学の始祖。
大阪夏の陣では徳川方のスパイを務めたとされる。 |
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参考・引用文献
新人物往来社 【歴史読本スペシャル71 忍の達人 影の奥義書】
新人物往来社 【別冊歴史読本72 忍びの者 132人データファイル】
学習研究社 【歴史群像シリーズ71 忍者と忍術 闇に潜んだ異能者の虚と実】
講談社 【バジリスク甲賀忍法帖 忍術と忍者の謎】 |